狂った果実

Chika・Crazed Fruit

日活/86分/モノクロ/1956年7月12日公開


監督:中平康

製作:水の江滝子/原作・脚本:石原慎太郎/撮影:峰重義
音楽:佐藤勝・武満徹/録音:神谷正和照明:三尾三郎
編集:辻井正則/スクリプター:木村雪恵/スチール:斎藤耕一/助監督:蔵原惟繕
出演:石原裕次郎、北原三枝、津川雅彦、岡田真澄、芦田伸介
藤代鮎子、ハロルド・コンウェイ、東谷暎子 他

 古川卓己監督の『太陽の季節』の姉妹篇と銘打たれて公開された、『狙われた男』に続く中平康監督の二作目であり出世作。フランソワ・トリュフォー、ジャン・リュック・ゴダールら後のヌーヴェルヴァーグの作家達にインスピレーションを与えた映画としても有名で、石原裕次郎と津川雅彦が本格的主演デビューを華々しく飾った歴史的傑作。以後の日本映画(とフランス映画)に与えた影響は計り知れない。

 脚本は石原慎太郎のものを中平が手直しをしたが、クランクイン前に撮る事を慣例とされていた当時スチール・カメラマンだった斎藤耕一によって撮影されたスチールも、イメージ通りであった。撮影所内にあるコンクリート製の水の入っていないプールに、ラブ・シーンのポーズをとった石原裕次郎と北原三枝を立たせて撮られた斎藤のスチールを見て、中平は「これこれ、これなのよ」と嬉しそうに言ったという。

 中平康は洋画を非常によく研究していた監督であった。それは彼が特に意識していたルネ・クレールやビリー・ワイルダーだけに留まらない。『狂った果実』では、部分的にジョージ・スティーヴンス監督の『陽のあたる場所』('51)との類似が指摘されており、モーターボート遊びの風俗やショット、桟橋に置かれたラジオ越しの海のショットなどが明らかに引用であろう。

 洋画からの引用といえば、貪欲に新しい感覚を取り入れようとした以後の日活映画では常套となるが、その口火を爆発的に切ったのが、まさに『狂った果実』であった。

 しかし『狂った果実』の素晴らしさは、それら部分的な引用箇所よりも、もっと映画全体の「映画話法」の方にある。

 中平康は、あくまでも言語では説明できない映画ならではのショットの積み重ねによる表現に拘る作家であり、評論家時代のトリュフォーが絶賛し、『勝手にしやがれ』撮影前にゴダールが『狂った果実』を繰り返し参考試写をしたのも、その部分の為であった(トリュフォーは『狂った果実』は同年のロジェ・バディム監督の『素直な悪女』に影響を受けているとも指摘するが、日本公開は『狂った果実』の方が先であり、当時、中平は『素直な悪女』を観ていなかった)。

 人物の顔のアップ・アップで繋げた、その斬新なショットの積み重ねと超スピーディーなカッティング・ダイアローグは、他の追随を許さないものであり、それ以前の日本映画にはなかったものであった。撮影中、中平は「意味を求めちゃダメなんだ。芝居の動きなんか必要ない」と言い続けていたと伝えられる。

 役者のセリフ運びにも「もっと早く!もっと早く!」と執拗にスピードを要求し、その結果、ほとんど何を言っているのか分からなくなる程の演技になっている箇所もあり、これは後の中平作品にも通じる特徴の一つにもなる。

 DVD『狂った果実』スペシャル・エディションのオーディオコメンタリーの中で、斎藤耕一は「中平さん自身が早口なのです。あの人の生理みたいなものが、そのまま出るのではないか」と語り、娯楽映画研究・佐藤利明も「シナリオと映画本編を比較すると、いかに映画的に直しているかがよく分かる」と語る。

 だが、『狂った果実』は中平自身にとって必ずしも満足の行く企画ではなかったという点も重要である。『太陽の季節』のヒットを受け、十分な準備期間もなく急遽製作される事になり、撮影日数も極めて少なかった。しかも原作者や主演者も、この時点では素人同然であり、監督二作目の中平にとっても冒険であったのだ。

 ジメジメとした心理描写やスローテンポで旧態依然とした日本映画の風潮に反旗を翻したり、“太陽族”というアンモラルな題材を描く事にも全く抵抗を持っていなかった点も中平ならではなのだが、彼本来の資質は、監督第一作の『狙われた男』や『街燈』、『誘惑』といった入念に作り込まれたプロフェッショナルな作品の方にあり、即興的な演出をも余儀なくされた『狂った果実』は、その意味で中平康にとって“異色作”なのかもしれない。

 尚、伝説となっている鮮烈なクライマックスの空中撮影は、当時チーフ助監督としてついた蔵原惟繕がBキャメラ担当として中平に代わりヘリコプターに乗り込み撮影した。その事から、中平康ではなく蔵原惟繕の功績だとする言説も存在するようであるが、この場面はキャメラ数台を使用する複雑な撮影を要する部分であり、それにより中平は、演出上の戦略として普段は公開しないようにしていた事前に決めてあるコンテ(カット割りなど)を、クライマックス場面に限りスタッフに公開した上で撮影に臨んだ。

 蔵原チーフ助監督は、監督・中平康のコンテに基づいてヘリコプターからの撮影をサポートしたに過ぎないであろうし(中平は地上からそれを見守った)、そもそも助監督がBキャメラを担当する事は当り前に行なわれている事であって、これは『狂った果実』に限らず、助監督の通常業務であろう。

 バタ臭いマスクの岡田真澄にナイトクラブで焼酎を注文させるギャグや、『太陽の季節』から特別出演の長門裕之に「石原」、原作者の石原慎太郎に「長門」という役名でワンシーンだけ登場させる悪ふざけも快調。脚本の手直しでよほど手を焼いたのか、後の『牛乳屋フランキー』の中で石原慎太郎はパロディーのネタにされてしまう。

 以後、中平が幾度となく組む事になる編集・辻井正則とも本作からの付き合いとなった。佐藤勝・武満徹のスコアも斬新。北原三枝はトリュフォーも絶賛する美しさ。
(敬称略)
DVD『狂った果実』

『狂った果実』スペシャル・エディションを収録した、

石原裕次郎デビュー50周年記念
DVD-BOX

特典として、斎藤耕一氏、植松康郎氏(当時・日活宣伝部)、佐藤利明氏(娯楽映画研究)のオーディオコメンタリー収録

 『狂った果実』を中平康が自ら香港でリメイクした『狂恋詩 Summer Heat』('64)。邱淑■(やう しゅく てぃん)によると、当時の香港では、不道徳な結末が受け入れられず、興行的には不振であったという。※出典:中平康レトロスペクティヴ(プチグラパブリッシング) ミルクマン斉藤・監修

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